2016年11月11日金曜日

イサベル・チャモロ Conapdis代表来所


さて、今週火曜日にペレスに戻ってきました。
本当は土曜日にサンホセに着いて、翌日にはペレスセレドンに移動するはずだったのですが、土曜午後のサンホセ行きの便が火山の噴火の影響でキャンセル。翌日はすでにサンホセ行きの便が全部埋まってるということで、月曜日まで待たなくてはならずヒューストン2泊という思わぬ展開になってしましました。

じつは、10月に一旦帰国する際もユナイテッド航空のシステムが全世界的にダウンするという事態になっていてキャンセル。サンホセで翌日の便を待つという経験をしたばかりでしたので、さすがにうんざりとしてしまいました。

週末土曜日には日本とアメリカからの訪問団が到着し、どこから怒涛のような毎日が月末まだ続くので早めに着いて準備をするつもりだったのが、いきなり二日ほど浪費してしまいました。

火曜日、直接事務所に行って日程の確認などをしようと思ったら来客がありました。サンホセからConapdis代表のイサベルさん、同じくConapdis職員のフロールさん、ペレスセレドン支部のパウラさんも同席していました。ウェンディが何日か前に自立法の実施についてお話ししたいので面会したいというレターを送っていたのを思い出し、すぐに何の会議をやっているのかわかりました。

行くとちょうどルイスがプロジェクターでモルフォの介助時間や介助の内容をまとめた表を見せて説明しているところでした。この後も説明しては質問するが続き、最終的に6時くらいまでやっていました。

イサベルさんは、ちょうどTRYコスタリカをやる4月に3ヶ月の約束で代表に就任したのですが、代わりがいないらしく最終的に12月18日までやることになっています。モルフォに好意的でこの時期に彼女がConapdisにいたことが自立法の成立にも大きく影響しました。



二人とも熱心にメモを取りながら聞いており、フロールさんは自立法を印刷してConapdisがやらなければならない部分にはすべてマーカーで印をつけているものを持参してきていました。

途中からぼくも加わり、プロジェクトの第2フェーズが実施されることが正式に決まったことを報告し、第2フェーズでやれることを説明しました。第2フェーズでは政府関係者を日本の介助制度を勉強するために研修する予算が取ってあるためその説明もしました。絶妙のタイミングでコスタリカに帰り、第2フェーズでのConapdisとの連携を確認する機会を持つことができました。

イサベルさんは12月に代表は退任するのですが、来年から理事会の方に加わり自立法のことは今後も理事会でフォローすると言ってくださっているので、とかく関係がぎくしゃくしがちな理事会に強力な味方がついたことになります。

会議が終わってもう外は暗くなってきた来て、それぞれが話残したことを思い思いに話し始めたとき、フロールさんが、プロジェクトKaloie時代2011年に当時まだコンセホと呼ばれていたConapdisの事務所で今のモルフォのメンバーと会議をしたことを思い出し「あの頃はまだ、法人格を取るだの取らないだなのと言ってたのに5年でこんなになってすばらしい」と言ってくれたり、イサベルさんがあらためて支援してくれている日本の政府に感謝したいと言ってくれたりして、プロジェクトの最終年にふさわしいなんとも言えないすべての苦労が報われるようなコスタリカへの帰還でした。

2016年10月13日木曜日

旧姓新井優子修行研修(ちょっと書き足したバージョン)


さて、ぼくはコスタリカ時間の10月14日の深夜にサンホセを発って今頃太平洋上を飛行しているはずだったのですが、こんなトラブルに巻き込まれてまだサンホセにいます。さっきブログを読み返していたら出発前にバタバタで書いてたので、なんで新井さんがコスタリカにいるのかがいるのかが全然わからなかったので補足しながら書き換えておきますね。

メインストリーム協会では、「修行研修」と称して障害者スタッフを最低一月単身海外の自立生活センターに送るということを昔からやっています。古くは沖田大のネパール、最近では茂上くんのカンボジア、数矢くんのネパール、平田さんのパキスタン、鍛冶くんのモンゴルなどがあります。JICA的な表現を使うとメインストリーム協会は障害者のエンパワメントのスペシャリストであると言っていいと思うのですが、こうやってスタッフ自身がそれまでの自分の持っていた限界を超える試みを行っています。なにも海外に行くのが特にすごいことだと言いたいわけではないですが、ここにあげた障害者スタッフはすべて介助者の必要な障害者で、英語も現地の言葉ももちろん話せるわけでもなく、茂上、数矢にいたっては言語障害がきついのでぼくらが普段日本語を聞くのも難しい状況です。そんな中その国の介助者を使って、日本での活動を伝えたり現地の国の状況を聞いてきたりするわけです。

ぼくは、メインストリーム協会で働く健常者職員として、ずっと色々な活動に関わってきて、「ああまだ自分には偏見があったな〜」と思わせられることがよくあり、それを感じてそれが取っ払われた時がこの仕事をしていて楽しいなと思う瞬間でもあります。この一連の修行研修もそうしたものの一つで、行ってやってきたら当たり前になってしまうことでも、その前は想像もつかなかったり、どこか無理だろう〜と思ったりもしていたんですね。そうしてまた逞しくなって帰ってきたみんなを見てこれでメインストリームも一段と強力になったと感じるわけです。

さて、今回の新井さんの修行研修はこうした一連の研修の一環になります。
まあ修行研修と言ってもコスタリカは上にあげたアジアの国に比べたらずっと発展していて環境もいいですし、こんなもの食べるの無理といった食べ物もありません。ひょっとし一ヶ月間のバカンス?とも考えられなくないのですけど、ここには少しだけハードルがあげる仕掛けがしてあります。写真に一緒に写っているゆうゆうは17日に帰国。そのあとはまったく日本人一人になります。他のアジアのセンターでは代表は元ダスキンの研修生でみんな日本語ができますし、困ったら頼ることができます。ここではそれができないので、ゆうゆうが帰ったら単独スペイン語orちょっと英語で生き残ってもらうことになっています。と言っても新井さんはメインストリームではおそらく一番語学のセンスがあるので、すぐにスペイン語で馴染んでやってくれると思ってるんですけどね。
さて、では昨日の続きをどうぞ。

☞10月10日月曜日サンホセに上がって、いつものホルへといっしょに空港まで迎えに行ってきました。ほぼ定刻、総計2名いうのでそれほど遅れもなく出てきました。



この夜はホテルに行き、おきまりのChellesでの遅い夕食。翌日お昼頃のバスでペレスセレドンへ向かいました。で、これもおきまりの歓迎会。
















ぼくは13日サンホセに行き、14日日付が変わった頃の深夜か早朝かわからない便で一旦日本に帰国するので、翌日12日だけが諸々引き継ぎができる時間でした。家に帰って洗濯などして翌日色々やらないとと思ったりしながらベッドにゴロッとしてたら事務所から電話が。「お湯が出ないんですけど」

「あれ?」たしかにぼくが家を探す前に一週間ほどいた時もお湯は出てなかったのですが、それから色んな人が体験ルームを使って、女の子もいたのでてっきりもう直して出るようになってると思ってたんですね。新井さんは長旅の後ホテルでもシャワーを浴びれなかったので、ようやくさっぱりできると思ったらまた延期になってしまいました。
取り急ぎ、カテリンが事務所によく来るブライアンの弟が修理ができるというので翌日来て、直してもらうことにしてこの日は終わりました。なんか、このバタバタぶりは、日本に中南米の研修生が来て、何がないとか、使い方がわからないとか、しばらく落ち着くまで大変だった頃をふっと思い出しました。

さて、翌日。





何事もなかったように朝食終え、しばらくして10時から女性の介助者の人たちが集まって、まず新井さんが来てから月末までのシフトの確認。利用者側のシフトを読み上げて、介助者が間違えないか確認していきます。その後新井さんの介助について口頭で説明した後、部屋に移ってトランスファーの練習。



そんなにダメ出しされることもなく形だけできたらとりあえずオッケーが出ました。この日は朝いい天気だったのですが、午後から雨でかなり強く降りながら夜中まで降り続いていました。買い物に行くタイミングもなくすぐらいだったで、久しぶりに中華のチャイナタウンで出前を取ってみんなで会食でした。まだトイレやカテーテルの交換のやり方が安定して定着してないので多少の不安あるみたいでしたが、ぼくが見る限りぜんぜん大丈夫。スペイン語もどんどん覚えているので、ぼくは11月5日に帰ってくるのですけどすごく楽しみにしています。

今回新井さんの滞在は11月27日まで、その間「国際自立生活セミナー」やメインストリーム協会の草の根の研修も入り盛りだくさんのスケジュールになっています。取材もいっぱい受けてコスタリカに自立生活が広がるのに一役やってもらういい機会ですごく期待しています。

2016年9月29日木曜日

月末


月末は翌月のシフトが渡されて、利用者と介助者のシフトがちゃんと合致しているかを、それぞれ読み上げて行って間違いがないのを確認します。

そしてその時々問題になっていることをみんなで話し合ったりもする時間になっています。ぼくはちゃんと入っていないので何の話をしていたのかはっきりはわかりませんでしたが、かなり真面目に突っ込んだ話をしているようでした。

さて、今日は午後から気になるニュースが入ってきました。自立法が法律になって担当機関になっているConapdisの理事会が現在開催中なんですが、来年の予算にこれを立ち上げるための予算が入っていないという情報が漏れてきました。現在各所からレターを送って抗議中です。

そんなにすんなり実施に移るとは思っていませんでしたが、Conapdisの理事会とはずっとあまり良くない関係のままで、ここに予算を握られているというのはあまり気持ちがいいもんじゃないですね。

2016年9月28日水曜日

Feliz cumpleaños!! (septiembre)


さて、今週は月曜日の朝の9月生まれの誕生日会から始まりました。
この会はだいたいデレが声をかけてやっていて、事務所が開いているときは何となくシークレットっぽくこっそり机の近くに寄ってきて教えてくれるんですが、今回は週末だったのでWhatsAppのメッセージでお知らせがありました。たいがい大掛かりにみんなで食事の準備が始まるのであんまりシークレットになってないんですけどね。

この日月曜日26日はルイスの誕生日。その他カタリナ、アドリアーナ、ジゼルのお姉さんのロクサーナなどが9月生まれだそうです。



滋賀のCILだんないのフェイスブックを見ていると毎月「聖誕祭」と称してお誕生日会をやっていて、モルフォのこの会があるとなぜかいつもそれを思い出します。



昨日火曜日は、久しぶりに協力隊員の松本静香さんが来所。サンビトの団体で計画しているプロジェクトの進展状況をフランシーニにインタビューしています。
サンビトでは、このモルフォのプロジェクトの前の実施されていたKaloieプロジェクトのときにミゲルという脊椎損傷の男性が作業所やいくつか障害者の集まる場所を組み合わせた施設を計画していたのですが、プロジェクト終了後そのまま中断して放置されていました。サンビトのグループ全体を現在フランシーニが引き継いでいて、もう一度プロジェクトとして資金を提供してくれる団体に提出することにしています。
しかしながら、フランシーニはそれまで入っていなかった自立生活を取り入れて団体を運営しようとしているので、それまでの計画と合わないところもあってたいへんそうでした。
松本さんも9月生まれです。みなさんおめでとうございます。

2016年9月23日金曜日

スタッフ会議(9月23日)


今日は午前中スタッフ会議でした。前回が8月30日だったので約3週間ぶりです。
ちゃんと前もって話すことがまとめられていて、粛々と合意ができていくのでストレスがなくていいです。前は延々話しをしていても結局何を話したかよくわからないことも多かったので隔世の感がありました。

さて、今日は11月13日に予定していた、マラソン大会が他の団体主催のマラソンと日にちがかぶってしまったので、その対応の話し合いがまずありました。今コスタリカではランニングがちょっとしたブームみたいになってるようで、この時期毎週のようにどこかで、マラソン大会があります。なので、ずらすとまたどこかとかぶってしまってなかなかうまくいきません。

結局、11月20日に決定、この日は、日本とアメリカの訪問団が来ていてちょうど間の期間にあたります。サンホセの国際セミナーが終わった直後とあって、人員の配置が難しいのですがここで決行することにしました。

さて、次は、今月末に予定していた第3回目の障害者全国集会です。これも、COINDIS内部で書類を用意しなければいけなかった人がやってなかったそうで、昨日までウェンディが必死で対応していましたが時間切れ、10月14日と15日に日程を遅らせることにしました。


最後は、Conapdisの理事のポストの一つが任期切れで交代するので、カルロスをその代わりに入れようという話し合いです。根回ししてどれくらい票が取れそうかなどの分析が行われていました。明日それを決める総会が午前7時から始まるということで、カルロスは急遽前泊でサンホセ入りすることに、早速その場でリオスが介助者の手配を行なっています。下は自立法発効後9月2日に、コスタリカ大学の放送にカルロスが出演して法律について説明したビデオです。






2016年9月21日水曜日

コスタリカ大学学生来所


今年も恒例のコスタリカ大学の学生さんの訪問がありました。このプロジェクトは2012年に開始していますが、この学生の訪問は毎年あり、西宮でメインストリームと関西学院大学とゆかりが深いように、どこか大学に支えられているような気持ちがあります。*一連の訪問の記録がちゃんとこのブログに残ってます。(2012年)(2103年)(2014年

先日、ボゴタでタチアナに「コロンビアで一番古い大学ってどこだっけ?」って訊いたら、「ナショナルじゃないかな」って言ってたけど、たぶんもっと古い植民地時代の大学があるはず、と思って調べたらやっぱり、サントトマス大学というドミニコ会系の教会が設立した大学が1580年に出来ていてそれが最古ということでした。

コスタリカ大学は、コスタリカでは一番ランクが上で、日本で言えば東大のような存在です。ちょっと調べてみたら、同じサントトマスという名前の大学が1843年に設立されたのがこの大学の前身で、1940年にコスタリカ大学と名前を変えて現在に至っているようです。



さて、今日はソーシャルワークの授業の一環で、20名ほどの学生さんを前にルイスとカルロスが自立生活運動と自立生活センターの活動について話をしました。サンビトでグループを持っているフランシーニが今月からモルフォで働きながら研修しているので、お手伝いしています。フランシーニは来週やる第3回障害者全国集会のファシリテーターを任されてるので勉強になりますね。



















フランシーニは、8月いっぱい来ていたグァピレスのジェセニアと入れ替わりでモルフォに来ています。モルフォの戦力として働いてもらって、モルフォも助かるし彼女らもさらに実践的な能力を身につけてそれぞれ地元の団体に生かしてもらおうとうアイデアです。ウェンディが時々呼びつけて手下みたいにして使ってるのが面白いです。



2016年9月20日火曜日

コロンビア出張編(8)


コロンビア。というわけで行ってきました。

こうやって長期でコスタリカに赴任するときには、ボリビアとかコロンビアとかにちょこちょこ出張と称して出かけています。あまりにもこれがふつうになって来てなんでこうしているのか元々の理由を忘れるくらいなんですが、こうしてコスタリカに来るときには、だいたい滞在が3ヶ月を超えてしまいビザなしで滞在できる期間を超えてしまうんですね。

なので、一旦国外に出て更新するというのが元々の理由です。どうせならこの近辺で活動している元研修生たちをフォローしに行った方がいいだろうというので、ここ数年行ったのが、グァテマラ、ニカラグア、ボリビアでした。

コロンビアは少し違って、昨年始まったJICAの技術プロジェクトの専門家でメインストリーム協会とも関わりの深いリハビリテーション協会での奥平さんが赴任したので会いに行くというのが最初でした。

ちょうど同じ時期に首都ボゴタで自立生活運動に興味のあるアイデーという脳性麻痺の女性がモルフォにコンタクトを取ってきて、とても熱心だったのどんな人か確かめて、あわよくば奥平さんのプロジェクトにもつなげたいというのがだいたい去年の今頃ぼくが考えていたことでした。

コロンビアに障害者対象のJICAの技術プロジェクトが入り、そこに自立生活運動出身の奥平さんが専門家で赴任、方やコスタリカにはモルフォがある。メインストリーム協会を含めてこうした実績のある団体が絡みながらコロンビアでも当事者運動が発展していく、というぼくの中ではイメージは完璧にできあがっていたのですが、得てして条件が整いすぎているときにはそんなに思ったようにいかないのが世の常で、結局コロンビアではこれ以上当事者運動は期待できないまま、奥平さんも任期途中で帰国ということになりました。




そしてまた逆に思いもしなかったところから物事が展開していくのが、生きているものの面白さで、それがアイデーということになります。アイデーについての詳しくは去年の一連のこのブログ、それと年末に再訪して行った介助者研修についてのブログを参照してほしいのですが、アイデーと彼女をずっと手伝ってくれているナンシーという女性は、ぼくがこれまで関わってきたコロンビア人の中では最も信頼できる二人です。ぼくがモルフォをつうじて彼女らと知り合ったのが去年の6月頃だったかと思いますが、以来休むことなくこの活動をつづけています。そして先日6月にコロンビアで一番の大学であるナショナル大学と協力して、コロンビアで最初の自立生活セミナーを実現しました。

ぼくも応援しがいがあるので、できることはやってこうして3度目の訪問となりました。
今回の目的は今後のボゴタでの活動をどうやっていくかと11月にコスタリカである国際自立生活セミナーについて話すことでした。

お話ししたように、JICAのプロジェクトと絡めて何かできるかと考えていたのですが、どうもその可能性がないとなったなら、独自で進めていかなければなりません。日本にいる間廉田さんにこうした状況を説明しながら、メインストリーム協会独自で支援する方法はないかと探っているところです。どこの自立生活センターもそうですが、活動資金がなくやりたいこともやれない状況なので、政府の障害者担当部署にいる、2月にメインストリーム協会にも来たファン・パブロも絡めて何かできるか考えています。

11月のコスタリカの国際自立生活セミナーにも招待していて、これはセミナーそのものだけではなく、その後モルフォでの会議にも同行し、その間に廉田さんから直接色々自立生活運動について話してもらうことにしています。

Primer Seminario de Vida Independiente en Colombia from TAKESHI INOUE on Vimeo.


ぼくにとってコロンビアでの仕事は、ちょっと特別か感じがしています。メインストリーム協会ともJICAとも無関係にやっているので、どこまで責任取れるかとひやひやしながら緊張感持ってやっていることがまずあります。

アイデーたちが期待に応えて色々やってくれているので、ぼくもやめられないのですが、去年12月に介助者研修をやった時には、上の写真のアイデーの家に、打ち合わせ、本番二日、反省会と都合4日連続で通いました。アイデーの家はボゴタの北の端にあって、トランスミレニオという市内を走る連結バスで北の終点まで行って、そこからアリメンタードールと呼ばれている乗り換えバスで10分くらいかかります。ボゴタの中心部から1時間くらいでしょうか。最初は風景にまったく現実感がなく、「オレっていったいここで何してんだろ?」みたいな感じでした。それが二日間の介助者研修を終えて、もう一日アイデーの家に向かっているときには、もうすでに通勤しているような感覚になっていました。

そして、すべてを終えて車窓の夕暮れていく風景を眺めていると、まるでずっとこうして旅をつづけて来たような気分になっていました。そもそもぼくがこのラテンアメリカの障害者の仕事をしているのは、かつて南米をバックパックを担いで旅行してきたことが発端でした。ああ、あの道がまだここでつながっているんだな、ということがコロンビアで仕事をしていると感じられるのですね。わかるかな?